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札幌地方裁判所 昭和52年(ワ)2311号 判決 1980年2月08日

原告 佐藤光男

原告 佐藤スミ子

右両名訴訟代理人弁護士 馬杉栄一

同 田中宏

同 岩本勝彦

被告 学校法人北海道尚志学園

右代表者理事 志村留治

右訴訟代理人弁護士 岩沢誠

同 高田照市

同 田中正人

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(一)  原告ら

「被告は原告らに対し各金七二六万六九一五円及びこれらに対する昭和五二年一二月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言。

(二)  被告

主文同旨の判決

二  当事者の主張

(一)  原告らの請求原因

1  (関係者の地位等)

(1) 被告は、私立学校等の設置を目的とする学校法人であり、右目的に従い、私立北海道工業高等学校(以下「道工」という)を設置、運営しているものである。そして、後記の事故当時、道工には特別教育活動の一環として軟式野球部が設けられていた。

(2) 訴外佐藤龍二(以下「龍二」という)は、昭和三七年一月四日、原告光男と同スミ子の間の三男として出生し、昭和五二年四月、道工に入学したうえ、軟式野球部に入部した。

2  (事故の発生)

龍二は、昭和五二年五月一三日午後四時ごろ、道工が占有、使用していた豊平川河川敷グランド(以下「本件グランド」という)で行われた道工軟式野球部の練習に参加中、たまたま豊平川の水流に落下した野球ボールを追いかけ、捕虫網を用いて回収しようとした際、誤って豊平川に転落し、溺死した(以下、この死亡事故を「本件事故」という)。

3  (責任原因)

龍二が前記のように道工に入学したことにより、同人と被告との間にはいわゆる在学契約が成立したものであり、被告は、同契約に基づき、生徒(龍二)に対していわゆる安全配慮義務、すなわち、学校教育の場において、生徒(龍二)の生命、健康に危害が生じないよう万全の注意を払い、物的、人的環境を整備し、諸々の危険から生徒(龍二)を保護すべき義務を負うものであるところ、本件事故は被告がこれを怠った債務不履行により生じたものであって、その具体的内容は以下のとおりである。

(1) 本件グランドは、奥行(右翼方向)が狭く、打球や投球のボールが同グランドに接するサイクリングロードをも越えて豊平川の流れの中にまで達することが散見されたのであるから、被告においては、グランド端にフェンスなど、ボールが川の中へ落ちることを防ぐための工作物を設置すべき義務があるのに、これを怠った。

(2) 道工軟式野球部においては、捕虫網を使用して豊平川に落下したボールを回収することが慣習化していたが、本件グランド付近の豊平川護岸堤防はコンクリート製で、水面に向って傾斜しているから、スパイクシューズを着用したまま堤防上に出るときは、滑って水中に転落することが予想できたものである。したがって、被告としては、生徒に対し捕虫網を使用することを厳に禁止し、豊平川への転落を未然に防止すべき義務があるのに、これを怠った。

本件事故は以上のような被告の安全配慮義務違反により発生したものであるから、被告は、民法四一五条に基づき、右事故によって生じた龍二の損害を賠償すべき責任がある。

4  (龍二の損害)

(1) 逸失利益 金三六一九万七一三四円

(イ) 昭和五三年度常用労働者月額平均賃金 金二三万五三七八円

(ロ) 昭和五四年度前年比賃金上昇率 五パーセント

(ハ) 昭和五四年度常用労働者年間平均賃金 金二九六万五七六二円

(計算式)

235,378(円)×12×1.05=2,965,762(円)

(ニ) 就労可能年数 四九年(満一八才から同六七才まで)

(ホ) 中間利息控除のための新ホフマン係数 二四・四一

(ヘ) 生活費控除 五〇パーセント

(ト) 逸失利益総額 金三六一九万七一三四円

(計算式)

2,965,762(円)×24.41×0.5=36,197,134(円)

(2) 慰藉料 金七〇〇万円

(3) 葬祭料 金五〇万円

(4) 弁護士費用 金二〇〇万円

原告らは本件訴訟の追行を弁護士に委任したが、事案の性質、難易度等からすれば、被告において負担すべき弁護士費用としては金二〇〇万円が相当である。

5  (過失相殺、相続、損害の填補)

(1) 本件事故の発生についての龍二の過失割合は三割とみるのが相当なので、過失相殺として、前記各損害額からそれぞれその三割を控除する。

(2) 原告らは、相続により、龍二の損害賠償請求権を二分の一ずつ承継取得した。

(3) 原告らは被告から金五〇万円の弔慰金の支払を受けたので、金二五万円ずつを各原告の損害金に充当した。

6  (結論)

以上により、原告らは被告に対し、それぞれ金一五九九万三九九三円の損害賠償請求権を有することになるので、その内金として、各金七二六万六九一五円と、これらに対する本件訴状送達の翌日である昭和五二年一二月一三日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する被告の認否、反論

1  (認否)

請求原因1の事実のうち、本件事故当時、道工に特別教育活動の一環としての軟式野球部が設けられていたとの点、並びに龍二が軟式野球部に入部したとの点を否認するが、その余は認める。

同2の事実のうち、龍二が原告主張の日時、場所で行われていた軟式野球の練習に参加していたこと、及びそのころ同人が死亡する本件事故が発生したことは認めるが、右練習が軟式野球部のそれであるとの点を否認し、その余は不知。

同3、同4の主張はすべて争う。

同5のうち、(3)の点は認めるが、その余を争う。

2  (反論)

(1) 本件事故当時、道工には学習指導要領にいうクラブ活動としての軟式野球部は存在しなかった。龍二は当時道工に存在した軟式野球同好会に所属し、その練習に参加中、右事故に遭遇したものであるが、右同好会は同好の生徒が自主的に企画・運営していたものであるから、被告が生徒に対して監護責任を負うべき学校教育活動の範囲に属さない。

(2) 学校教育活動について校長ないし教員が生徒に対して負担すべき監護義務の内容は、生徒の年令により当然に異り得るものであり、ほぼ成人に近い判断能力を有する高校生に対する場合においては、生徒の自主的な判断と行動を尊重しつつ、健全な常識ある成人に育成するための助言、協力、監護、指導をすれば足りるものというべきところ、道工軟式野球同好会の顧問であった林諭教諭は、常日頃、豊平川に落ちたボールを拾うについて十分注意するよう指示を与えていた。なお、龍二と被告との間の在学契約からは原告が主張するような安全配慮義務は生ずる余地がない。

(三)  被告の抗弁

原告らは、本件事故に関し、日本学校安全会からの死亡見舞金として金三〇〇万円、道工共済会からの弔慰金として金一五〇万円の各支給を受け、被告からの弔慰金と合わせて合計金五〇〇万円の限度で損害の填補を得ているものである。

原告らは本件訴状の陳述により右填補があったことを自認し、被告がこれを援用したことにより、この点についての自白が成立したものであるところ、原告らは後に右自白を撤回したが、被告はその撤回に異議がある。

(四)  抗弁に対する原告らの認否

原告らが被告主張のとおりの各金員の支給を受けたことは認めるが、その余は争う。なお、右各金員が損害相殺の対象となるかどうかは法的評価の問題であって、自白の対象とはなり得ない。

三  証拠関係《省略》

理由

一  被告が私立学校等の設置を目的とする学校法人であり、その目的に従い道工を設置、運営していること、昭和五二年四月、道工に入学した龍二(昭和三七年一月四日生)が同年五月一三日午後四時ごろ、本件グランドで行われた軟式野球の練習に参加していたこと、及びそのころ同人が死亡する本件事故が発生したことはいずれも当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》を総合すると、龍二が参加していた右軟式野球の練習は道工軟式野球同好会のそれであり、同人は豊平川河川敷にある本件グランドから豊平川の中に落ちたボールを、川沿いに設置されている高さ約五五センチメートルの鉄柵越しに、或いは右鉄柵をまたぎ、水面に向って傾斜する護岸堤防に出て、捕虫網を使用して水中からすくい上げようとした際、誤って増水していた水流中に転落し、溺死したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  ところで、私立学校設置者と生徒の間にはいわゆる在学契約関係が成立し、同契約関係に基づく付随義務として、学校教育の場において、学校設置者は生徒の身体、生命に対するいわゆる安全配慮義務を負担することは明らかであり、してみると、前記のように龍二が道工に入学したことにより、被告と同人との間にも右同様の関係が成立したものというべきである。

したがって、本件事故についての被告の責任の有無を判断するにあたっては、龍二の参加していた野球練習が学校教育の範ちゅうに含まれるかどうか、すなわち、軟式野球同好会の活動が特別教育活動の一環として位置付けられるかどうかがまず問題となるわけであるが、この点は積極に解し得るものとひとまず仮定したうえ、以下、原告ら主張にかかる被告の安全配慮義務並びにその懈怠の存否、及び右懈怠と本件事故との因果関係の有無などについて検討することとする。

(一)  前認定の事実並びに弁論の全趣旨によれば、龍二は飛んできたボールを追いながら、そのまま直接豊平川に転落したわけではなく、豊平川にボールが落ちたことを確認のうえ、捕虫網を持って豊平川に接近し、右捕虫網でボールをすくい上げようとした際、流れの中に転落したものであることが明らかである。してみると、豊平川へのボールの落下と龍二の豊平川への転落との間には、捕虫網を持って豊平川に近付き、ボールをすくい上げようとした同人の意思的行為が介在したのであるから、仮に、被告に原告ら主張にかかるフェンスなどの工作物を設置すべき安全配慮義務があったとしても、その懈怠と本件事故との間に相当因果関係があるということはできない。

(二)  次に、学校設置者の前記安全配慮義務の内容は、もとより生徒の年令、その場の状況等に応じて具体的に決定されるべきものであるところ、高等学校の生徒の年令が一五才以上おおむね一八才未満であることは公知の事実であり、右のような年令に達した者であれば、自己の生命、身体に対する危険の予知能力、認識能力においてほとんど成人に劣らないことは経験則上明らかというべきであるから、右安全配慮義務の具体的態様もこのことを前提として決すれば足りるわけである。

そこで、本件についてこの点をみるに、《証拠省略》によると、道工の校長である設楽和夫は、常日頃、軟式野球同好会を含む運動クラブの顧問教諭らに対してクラブ活動に関し事故を起さないよう注意することを指示し、軟式野球同好会の顧問教諭である林諭は、右同好会所属の生徒に対しボールが豊平川に落下した際は無理をしたり、深追いをしたりしないよう注意していたことが認められるところ、前記年令層の道工の生徒にとって、豊平川に落下したボールを捕虫網を使用して水中からすくい上げることがそれ自体特に危険な行為であるとはいいがたいうえ、右のような方法でボールをすくい上げるについて、その場の具体的状況により、どのような行為が危険であるかの判断はさして困難な事柄ではないから、捕虫網の使用を禁じていなかったにしても、生徒の生命、身体に対する安全配慮義務の懈怠があったとはいえず、豊平川にボールが落下する場合に備えての安全配慮義務としては右認定の一般的な指示、注意をもって足りるものと解するのが相当である。

三  以上によれば、被告には本件事故と相当因果関係のある安全配慮義務の懈怠はなかったというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由がないことになる。

よって、右請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 尾方滋)

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